藤森栄一を読んで
2017年04月14日
神尾 明
考古学の概念さえ頭になかった私がこの会に設立当初から加わったきっかけは、黒耀石です。元々自然観察が趣味で、2011年に原村の八ヶ岳自然文化園が自然観察会の一環として黒耀石採掘現場の見学会を主催し、それに参加したことが縄文考古学に触れた始まりです。黒耀石が何なのかも知らずその見学会に参加したのですが、いつもの自然観察会とは違う人たちがたくさん参加していて、私にはちょっと異質な雰囲気が感じられました。黒耀石を知ることが無かったならば、会の皆さんと出会うことは無かったし、藤森栄一の偉大さも知らずにいたわけで、誠に不思議な縁です。
色々な趣味を楽しんでいる私ですが、その観察会以降、何をどう間違ったかこの会の行事に参加し続けています。どうやらその目的は、Iターン者の私が、諏訪ひいては信州の歴史や地理・文化などを知ることができるからなのでしょう。ビーナスラインは知っていても縄文のビーナスを知らなかった位に考古学の知識も興味もなかったのですが、会田会長の講座などを聴講しているうちにさまざまな知識を得ることができ、地域の考古学にも少し興味がわいてきました。
前置きが長くなりました。本題は、藤森栄一の本のことです。
この会の皆さんや考古学に興味のある多くの方は彼の本を読んでおられるでしょう。私は遅ればせながら一昨年から興味を持ち始めました。会員の牛山晴幸さんから「かもしかみち」をお借りしたのですが、半分も読み進めずに挫折。その理由は、文庫本のように印刷文字が小さくて読みにくいことと、専門的すぎて難しい部分があったからです。1年位後、意を決して図書館で「かもしかみち」を借り読破しました。その後は「心の灯」、「遥かなる信濃」、「蓼科の土笛」を立て続けに読みました。考古学の知識をはじめ、藤森栄一のひととなりやその壮絶な人生と人間関係、諏訪の歴史・地理・昔の産業と文化など色々なことを知ることができました。いずれも短編の随筆や旅行記を編集したもので、中には専門的な難しい章がありますがそこは斜め読みもしくはパスすることが読み進むためのコツかな、と思います。これら4冊を選んだ理由は題名の響きが素敵だから、です。藤森栄一は豊かな知識を持つだけでなく素晴らしく文才に長け、世が世ならば彼の随筆はもっと評価されたと思います。村上春樹などより随筆の文才は優れていてかつ平易だと、私は思います。どの本も絶版ですが、諏訪地域の図書館には蔵書されています。まだ読まれていない方は、まず「かもしかみち」を読んでみたらいかがですか?
彼の本の中から名文をほんの一部引用します。
・深山の奥には今も野獣たちの歩む人知れぬ路がある。ただひたすら高きへと高きへと、それは人々の知らぬけはしい路である。私の考古学の仕事はちょうどそうした、かもしかみちにも似ている。(「かもしかみち」より原文のまま。)
・若さというものは心に灯をともせるたった一度のチャンスである。(「心の灯」より。)